恋愛ウォッチャーが男女関係の固定概念をぶち壊すブログ

累計で1500回の合コンを開催してきた恋愛ウォッチャー。 幾多の男女のマッチングを経験してきた筆者が、イマドキ男女の生態の違いや恋愛事情をお届け。

「純愛」は成り立つのか?セカチューで、もしアキが死なずに生き残っていたら?

 

2001年に純愛ブームを牽引した「世界の中心で愛を叫ぶ」。

今日は、サクとアキのことを少し思い出してみようと思う。

 

「純愛」というと、どんなイメージを抱くだろうか?なんとなく

世の中では「良いコト」だったり「理想の恋愛」だと価値づけられている。

 

純愛とは、一体何なんだろう?

 

関連語句を広辞苑で調べてみると、以下のような言葉に当たる。

 

【純愛】純粋な愛。ひたすら(一途)な愛情。

【純粋】 ①混じり気のないこと。異質なものをそれ自身に含まないこと。

               ②もっぱら(一途)なこと

               ③邪念・私欲がなく清らかなこと。

 

純愛とは、相手に対して一途であり、混じり気のない清らかな愛、

といったところだろうか。

 

しかし、純愛は本当に美しい、素晴らしいものなのだろうか?

 

「脱・恋愛論」の筆者で社会学者である草柳千早氏は、

以下のように述べる。

 

「まじりけのないものは、たしかに清らかで美しく価値があるような

気がするものだ。…(中略)。

 

だが、人間関係に純粋はありうるのだろうか。普通に考えれば、

私たちが日常実際に営ん営る人間関係は、別に純粋さがどうこうという

ようなものではない。だからこそ、純粋な関係、純愛は、

美しい憧れの対象として描かれ、感動を呼ぶのだろうか。」




感動を呼ぶ純愛物語は、古今東西を問わず、次の2つに分類されて

いるように思う。

 

1つ目は、セカチューや恋空など、恋人のうちのどちらかが死ぬパターン

(若い女が病死というパターンが多い)

2つ目は、君の名は。ラプンツェルなどの、めでたしめでたしパターン

 

前者は、作中の当事者の死により、無理やり恋が終わってしまう。

後者は全てを丸く収めて、ハッピーエンドで終わらせる。

 

この2つの共通項は、それ以上の物語の発展(変化)がないことである。



話が少し変わるが、近代ドイツの哲学者・社会学者であった

ゲオルク・ジンメルは、その著書「社会学」(1994,白水社)の中で、

恋愛関係を続けるには、秘密=「相手の知らない自分」を持ち続けることが

大事だというようなことを言っている。

 

人は未知のものに気を惹かれ、すでに知ってしまったものには慣れて、

もっと言えば飽きてしまい、もはや魅力を感じない、

という訳である。(草柳)

 

しかし、ジンメルによると、妙な演出をしなくても、次の条件をクリア

できる人は、どんなにたくさん会っても、自分のことを知られても、

相手を知っても、恋愛を長続きさせることができるそうだ。

 

けっして完全には与えることのできない人間のみが、恐れることなく

完全に与えることができる。

 

これはつまり、「変化をする人」のことを指す。

 

変化をする人と一緒にいると、その瞬間では全てを知っているが、

次の瞬間には新たな知らない部分が出て来る。新しい秘密や、

新しい魅力に溢れ、いつ会っても新鮮であららしい発見があるのだ。

 

純愛作品と「変化」について考えてみると、ハッピーエンドの純愛や

どちらかが死ぬ純愛作品には、大体の場合「その後」がない。

つまり、環境的な変化や、当事者の精神的な変化が見えない。

最高に一途に愛し合っている一幕のみを切り取っているだけなのだ。

 

我々の人生や人間関係は、一幕の連続で成り立っている。

複雑な人間関係の中で純粋で居続けることはとても難しい。

不可能だ、とすら思う。

 

(例えば、愛する彼氏のために、今やっている仕事を全て放り出して

愛に行けるだろうか?)

 

相手だけを一途に思う純愛というのは、裏を返すと周りが見えない、

一種の狂気のようにも見える。





もし、あの時アキが死ななかったら、今2人はどうなっていたのか?

 

少し長いが、草柳氏の言葉を借りて朔太郎とアキの未来について

見てみたいと思う。

 

この物語の主人公朔太郎と、白血病のため17歳で亡くなったアキは、

14歳の時に出会っている。

地方の町出身の2人の通う高校は、おそらく進学校(と、草柳氏は予想している。)。

普通に大学受験をしていただろう。



 

進路のことはとは二人の間で問題になるだろう。

たとえば朔太郎が東京あるいは京都の大学に行こうとしたら

どうなるだろう。

アキは離れ離れになることをどう思うだろう。

どう思うにせよ、朔太郎はアキの気持ちにどう応えるのだろうか。

逆に朔太郎が地元に残り、アキの方が遠くの大学をめざしたらどうか。

朔太郎は、アキの志を喜んで応援するだろうか。

自分が地元に残るのにアキが行ってしまうことにどんな気持ちを

抱くだろう。

その気持ちをアキにどんなふうにぶつけるのか、ぶつけないのか。

 

  さて、二人はとりあえず合格し、別々の大学に進学したとしよう。

どちらかが地元を出た場合、遠距離恋愛を続けるのだろうか。

きっと続けるだろう。二人が会えるのは、夏休みや冬休みなど。

 

それ以外の長い時間は、メールや電話、その他通信機器をフルに

活用したやりとり、あるいは手紙を書くなど、あれこれ連絡を

取り合うとしても、とにかく会えない。

 

その間に、二人にはそれぞれ新しい世界が開け、新しい出会いがあり、

新しい交友関係が広がっていく。

 

  小さな町の同級生だった頃は、友達はほぼ共通だった。

だが、互いの話の中に知らない人の名前や話が少しずつ増えてくる。

行ったこともない知らない場所の固有名詞も増えてくる。

「ゼミのオザワ先輩がやってるバンドのライブがシモキタであって……。」

 

最近よく話に出てくるそいつは何?なんでそんなに楽しそうに話すのか?

「サークルの合宿でケイコが酔っぱらって……」。

 

それって誰?

「同じ高校だったオヤマダさん」。

 

それがいつから「ケイコ」になったのか?こうしたことは、

たとえ二人が同じ大学の同級生になったとしても、程度の差は

あれ実は同じなのである。

  

   大学の次は一般的には就職である。

どこでどんなところに就職するか、これも二人の間では

(まだ付き合いが続いていれば)問題になるだろう。

転勤の多い商社?転勤なんて私はついていけないよ、仕事続けたいし。

じゃあ、地元で公務員。

私はこっちで就職するつもり、だって地元に仕事ないし。

じゃあどうするんだよ、結婚。

ちょっとまって、そんなこと今言われても困るよ、

これから就活ってときに。

 

  アキは、朔太郎から見て、「世界の中心は自分だ」と

言わんばかりの、わがまま女になっていた……

ということになってもおかしくない。

 

アキは自分の目指す進路をどんどん切り拓いていく。

 

その可能性は、源田の社会状況からして充分にありうる。

 

  他方、朔太郎は、アキから見て、女性が自分に合わせるのは

当然だと思っているような、旧態依然の自己中心的な男であった……

 

と考えるようになっていてもおかしくない。

草柳千早『〈脱・恋愛〉論 「純愛」「モテ」を超えて』2011)

 

 

 

 

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