「美人の定義が変わる！？」明治初期に実際にあった、美人の定義を変えようとした啓蒙活動。

明治初期に流行ったコレラ。

あまりにもあっけなく死んでいくので、「コロリ」などとも呼ばれていた急性伝染病である。

国としては、避病院の設置や消毒薬の散布などを行ったが、

井上章一の『美人論』(1995年)によると、そうした活動の１つとして、大日本私立衛生

会という団体による啓蒙活動があった。

「世間の美人観」を変えようとする活動だ。彼らは「衛生美人」という新しい美人観を

提唱したという。

当時の幹事会で「衛生美人」構想について、慈恵医大の創立者である松山棟庵はこのよ

うに述べている。

　　世人をして美人の思想を変換せしむる事衛生上甚だ大切なる一事な
　　り……古来世人の所謂る美人とは…顎細く色白く臀腰細小にして不
　　幸短命なる事多し。之に反して衛生上真の美人と申すべきは固より
　　面貌に拘るに非らず身体特に健活なる者を云ふ。（『大日本私立衛
　　生会雑誌』15号）

簡単にいうと、こういう事だ。

「旧来の美人は、細い体系を理想としすぎているが、これでは不健康で短命になりやす

い。だから、世の中の美人観を変える必要がある。

真の美人と言うべきなのは、体が健康的な者なのだ。顔はどうでも良い。」

そして、松山は次のように「衛生美人」構想の実現を訴える。

「会員の中で嫁を取ろうとするものは今まで言われてきた美人ではななく、『衛生美

人』と結婚するべきだ。多少顔が崩れていても構わない。「臀腰壮大」な（腰回りに

たっぷり肉のついた）女ととにかく結婚しろ。

会員がそうした結婚をすれば、世間の美人観もやがては変わっていくはずだ。」

なかなかものすごい提案だ。この構想を支援する声の中には、次のようなものもあっ

た。

　　面貌容姿の醜美に拘らず臀腰肥大にしておたふく然たる良婦を選ぶ
　　の気風を養生せん。
　　（顔に拘らず、腰回りが大きくておたふく顔の健康的な女を選ぶ風
　　潮を作ろう）

男子諸君、あなたたちが会員だったらこの構想についてはどう思うだろうか？

一般的に、臀腰壮大な女は美人とは言わない。となると、わざわざブスと結婚しろと言

う構想なのだ。

こんなことができるだろうか。

さらにこの時代は、嫁=労働力だった江戸時代（特に農家の嫁）と異なり、「面食い

化」が進んでいた。商家やブルジョワたちは労働力としての妻ではなく、飾り物として

の妻を欲していた。

（この辺りの「面食い化」については、別の機会に書きたい）

このような事情を鑑みてか、「衛生美人構想」については、東京会員の立花普（すす

む）は疑問を投げた。

「衛生美人」と言う話はわかる。しかし、人々の人情を考えれば、到底受け入れられる

ものではないのではないか、と言う疑問だ。

これについて、立花は「衛生美人」構想の代わりに、

体育を普及させ、女子の健康を促進すると言うやり方を提案した。

そして、これが採用された。

彼の主張はこうだ。

「わざわざ、美人の定義を変える必要はない、従来の美人に体育を教えれば、健康な美

人ができるのではないか」

隠して、「美人観を変えよう」と言う衛生美人構想は失敗した。

「臀腰壮大なる者」を新美人と呼ぶことにしたいと言う提案は実らなかった。

もしもこの提案が実っていたら、

今の美人観は変わっていたのだろうか。

凡そ130年の間に、この考えが変わるとは到底考えづらい。

 

 

 

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